なぜ今、写真集が必要なのか

memory 写真集

お宅にある沢山の写真は元気なうちに「家族写真集」にまとめることを推奨しています

それは私の主人が母を亡くした時の経験があったからです。

「病人」になる日は、突然やってくるのです。

主人の経験談をつづらせていただきます。

母が胃がんに

大学で実家を離れ、就職で更に遠い東京にきても、会社帰りに電話で話すこともよくあるほど、仲のいい親子でした。

そして、母が61歳になった頃、胃がキリキリ痛むので病院に行くと胃にがんが見つかったとの連絡がありました。

私たち家族全員が目の前が真っ暗になりました。

私も色々文献をあたり調べますが、発見が遅く既にステージもかなり進んでいたこともあり、厳しい状況であることを理解しました。

 

最初のがん発見から3年後に再発。
がんの再発は「死の宣告」と言われるほど重いことです。

ここからは完治を目指すことは諦め、抗がん剤で「延命」を目的とした治療となりました。

 

闘病と人生の振り返り

再発してしばらく経った頃、がんが体のあちこちに転移しました。

母も家族も、少しずつ前向きに頑張る気持ちと諦める気持ちが混じっていきます。

そうなると、今のうちに昔の写真で思い出を振り返りたいと思うようになりましたが…。

 

闘病を頑張っている母に対して終末に向かっていることを告げるようで、言い出せませんでした。

 

そんな状況だったので、「僕が通っていた小学校を見に行きたい」という言い訳をして、母を昔家族で住んでいたアパートに連れて行ってあげました。

すると、母は名残惜しそうに長く住んでいた部屋の玄関ドアに手をあて、涙を流していました。

もうこれがここに来る最期だと考えていたのでしょう。

 

冗談っぽく、母の年表を作ってあげるよと提案してみましたが、「要らない、要らない。ほんとやめて。」と言われました。

病気になってからの終活は「死」を連想させてしまいます。

思い出を振り返ったりできるのは元気なうちではないと難しい…とその時思いました。

 

母の死

結局、母は再発から2年後に亡くなりました。痛みに耐え、本当によく頑張ったと思います。

お葬式には親族も来てくれましたが、ぼんやりと思い出話がちらほら出るだけで、あまり母の話をすることができませんでした。

今考えてみれば、母の写真を持参してそれを見れる形にしておけばよかったと後悔しています。

故人を偲んであげられる絶好の機会であり、大切な人を亡くした者同士の心の傷を塞ぐ時間です。

 

私の心の傷

母の死後、私も5年間母とともに闘病した反動からか、激しい虚無感に襲われました。
生きているけれど夢の中にいるような感覚です。

仕事や私生活でも何だかしっくりこないことが増えていきました。
そして、なかなか心の傷は癒えず、時間が過ぎていくばかり。

 

そこで思い付いたのが、あの時母と一緒にできなかった「母の人生の振り返り」をやろう。
それが母の供養にもなり、私のためにもなる、と、母の思い出巡りの旅に出かけました。

関西に住む叔父のところへ行き、実家にも飛びました。母が闘病中にまとめてくれていたのか、母の部屋の押し入れの奥から古い風呂敷に包まれたアルバムが発見されました。

 

そこに映っている母は私が初めて見たものばかり。

 

古い家で父や兄と無邪気に笑う母。
学生時代の文化祭で出し物をする母。
社会人になり職場の人と肩を組んでピースをする母。

 

何も説明が書いていないのでどういう写真なのかは推し量ることしかできないけれど、すごく大切な写真です。

でも、この写真を母と一緒に見たかった。
これ誰なの?とか
子供の頃の顔が兄貴に似てるな、とか話したかった。

几帳面な母のことだから、病気にならなかったらきっと写真の整理をきっちりして、そんな話がきっと出来たんじゃないかと思うと。

本当に、残念です。

 

母のベストアルバム作り

昔の写真を整理していると、想像していた以上に自分の子供の頃の記憶がないことに気づきます。

これ何してる時の写真?
この友達って誰だっけ?とか、

色々母に聞きたいことがあふれてきます。

 

でも、それは絶対に叶わないこと。

 

叔父や父に話を聞き、写真や資料から分かることを書き出し、母の年表をつくり、家族写真集を作りました。

今思えば、母が生きている時に渡したかったと、悔やまれます。

 

自己満足だけど、いま、できることをやった。

そして写真集を作るうちに、最期の5年間闘病して辛かったイメージが強かった母の人生が、実は思っていた以上に幸せなものだったと感じることができました。

人生って長い。

きちんと振り返るとたくさんの思い出がこぼれんばかりにあふれ出てくる。

 

私自身、間に合わなかったことがたくさんあったけれど、このことを知った人には違う道を選んで頂きたいなと思います。

 

母への言葉

思えば母は私たち兄弟のことを考えて、ずっと生きてきた気がします。
専業主婦だったこともあり、ずっと子供中心の生活。
時には口酸っぱくお説教めいたことを言われることもありました。

「悪いことをするとお天道様が見てるよ」とか
「こういうことをちゃんとしとかないと常識ない人と思われるよ」とか。
そして、「こういうことは親だから言ってあげられるんだからね。」と。

母との会話から多くの影響を受けて育ってきた私たち。

そして、今は母が空から私たち家族を見守ってくれている。

そう思うと、自分の人生を最期まできちんと頑張って生きていこうと思えるのです。

もう一度生まれ変わっても同じ両親から生まれたいと願う。

また会おう、おかあちゃん。

 

さいごに

過去を振り返ることは、「病人」を相手には、出来ません。

 

大事な人の過去を、楽しみながら・時には笑い合いながら聞けるのは、

元気だからです。

 

また、亡くなるということは、当たり前ですが、
「何も聞けなくなること」です。

最後に
家族写真集作っておいてよかった・・・
という日は、残念ですが、必ずやってきます。

 

この1冊を通じて、ご親族の方々と、思い出を共有していただければ嬉しいです。

 

将来のご自分のために・・・。